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Harumonian SEED

by Harumonia.biz
変革
アメリカでは大統領選挙が終わり、オバマ氏が次期大統領に決まりました。
このことは、いろいろな局面においてとても大きな意味を持つと思います。

今のアメリカの経済状況と、あるべくしてある世界の金融崩壊は継続していくでしょう。ですから、アメリカ経済の建て直しをはかるという彼の政治的手腕がいかがなるものかはさておき、彼が勝利したことで地球の運命が大きく変化したことだけは感じ取ることができます。
なぜか数日前から大統領選挙が気にかかり、ソワソワ・ウキウキして待っている自分がいました。おそらくずっと遠い未来になって過去を振り返ったとき、この日が分岐点になったのだなと回想することになるはずです。

メッセージをもらいました。
これから時代はさらなる二極化へと進んでいくようです。
12月の冬至の日を境に、自分と向き合い今を生きることに満足している人たち・今日という日が幸せだと感じて生きている人たちはますます幸せを感じるようになり、満足せずお金やものに依存して不満を募らせている人たち・今日という日をなんとなく過ごしている人たちにとっては、より大変な現実が目の前に現れる、と。

まず私たちはお金の価値について試されていることに気づかなければなりません。
今、世界同時に株安になり、巨額の・しかも数字だけで現物を伴わないお金のやり取りで富を分配蓄積しようとしていたおろかさに気づかされようとしています。

まだ株は上がると考えますか?
今後の経済が、今までと同じように推移していくと考えますか?
あなたの会社が絶対つぶれないという確信はありますか?
あなたの働いた分だけのお給料は、必ず支払われると思いますか?
あなたの銀行口座にあるお金が、本当に現金で銀行の金庫に保存されていると思いますか?

いずれも「NO」です。
私たちが「信じ込んでいる」今の経済社会が、実際に音をたてて崩れているのを目の当たりにしながら、未だそれをきちんと見ようとしない人たちはたくさんいます。
現実に向き合うというのは、ただ眺めているだけということとは違います。
では、実際に手を打てることは何なのか…。
けして物質的なことではありません。
意識を転換することです。

オバマ氏は「アメリカに変革のときが来た」と勝利演説しました。
世界の変化にあわせて、私たちにも意識の変革が必要です。

多くの人が自分の人生をお金で計っています。
お金やモノではないものから感じる喜びとは何でしょうか。
「これだけのお金があるからこんなに贅沢ができた」という喜びよりも、今日・今「食べることができる」という喜びをかみ締めたいと思いませんか。
贅沢をするお金(=経済)が破綻してしまったら?
食べたいものが市場から消えてしまったら?
悲しみと落胆ばかりの毎日を送るのでしょうか。
だからこそ、「何を」食べるかではなく、「食べることができる」という事実に感謝し、喜びを見出しませんか。

そしてそろそろ世界を物質やお金、概念といった角度から見るのをやめて、魂の側面から眺めませんか。
大嫌いな人も、同じ時代を選んで近くに転生してきた愛しい魂です。
信頼し、お互いの成長を助ける目的で約束して近しく生まれてきたのです。
今生、「私自身にとってとても嫌な人」という役割を担ってくれている大切な仲間です。
嫌いな部分にばかりが目に付くからと相手と向き合わなかったら、いつまで経っても相手のことはわかりません。
仮に身の回りがそういう人ばかりだったら、あなたはついに独りぼっちになるでしょう。
今の便利な生活が突如機能しなくなったとき、あなたは果たして一人ぼっちの孤独の中で生きていけますか?

すべてのことを物質的側面でなく魂の側面で見ることができるようになったとき、本当の意味の調和は訪れます。
何にフォーカスするのか。
見る角度を変えるだけで意識の変化につながります。
アメリカ国民をお手本にして、私たちもにも変革という名の「行動」が必要なときがきています。


| - | 14:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
変わりつづける
変化することを怖いと感じる人は多いでしょう。
たいして面白いこともないけれど、今現在の「とりあえずの幸せ」が保障された毎日からはみ出してしまうかもしれない、という怖さを感じると、人は「変化」を否定したり、拒絶したりします。

でもちょっとだけ考えてみるとわかります。
「とりあえずの幸せ」って?

良いことも起これば悪いことも起こる…でも良いことの方が少なくて、時々だからこそより幸せを感じるんだ、とか。
毎日同じスケジュール、同じパターンの時間の使い方を淡々と「こなす」生き方とか。
付き合いづらい人が多から、いつも傷つかないようにネコをかぶり、作り笑いを忘れない!のがポリシーだとか。
そんな毎日ではないですか?

「どんなときも満たされていて、生きているって素晴らしい!」なんて幻想だ…
生きていくのは苦しいし難しい、簡単じゃない…
人生とは闘いの連続だ…

私たちの心の奥底に潜むどちらかというとネガティブな思考が、「とりあえずの幸せ」を求めさせる…この思考は実は自分自身から湧いてくるものではなく、成長の中でインプットされたものです。
学校で、塾で、家庭で、そして社会に出ても。家庭でも職場でも。
テレビから、インターネットから、携帯コンテンツから。本からも。
私たちは日常、こういった思考になるような情報の中で生きています。
「幸せになりたい」「家族を守りたい」そのためには「お金が必要」だから「頑張らねばならない!」一種マインドコントロールじみた、このパターン的な思考は「経済中心の社会」に必須なのです。経済活動なくして今の世の中が成り立たないからです。
ストイックに働き続け、人生の目標の焦点を「お金を稼ぐこと」に据えて、さぁ一生が終わるとき…
あなたの人生は「どれだけ稼いだか」「どれだけ働いたか」「どれだけ頑張ったか」で評価されるでしょう。
「どれだけ人生を楽しんだか」「どれだけ人生が充実していたか」ではなくて。

そんな「とりあえずの幸せ」で満足する一生で良いのかどうか…少しだけ考えてみてください。


何かが幸せじゃないと感じたら、それを変えれば良いのです。
「幸せだ」と思えるように。
変化することはけして怖いことではありません。
そもそも「とりあえずの幸せ」の中にどっぷり浸っていることの方が問題です。
それはもっと広い世界があるにも関わらず外に出て行けない、いわば「引きこもり生活」なのです。

もちろん「わがままに生きる」ということとは違いますが、「望んでいることが望むとおりに運ぶように、対応を変化させてみる、考え方を変化させてみる」
いろいろなパターンで。
何度か何種類かやってみる。
ダメだったら別の方法を試す。

バリエーションを考えているだけでも楽しくなってきます。
人はもともと探究心旺盛な生き物なのですよ。
実験してみて結果を考察して、また実行してみる。
成功したら、それはもうどんなに嬉しいことでしょう!


そろそろこのマインドコントロールから抜け出しましょう。
変化が必要な時代がすぐそこまでやってきています!
| - | 15:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
愛している、愛されていることを実感する幸せ
家族とか友人とか、どんな関係の間柄でも。
愛しているという充実感は素晴らしい。
そして愛されているという実感はもっと素晴らしい!

なんの見返りも必要ない。
ただただ、愛しい人を、心から愛しいと想うだけでハートにこみ上げてくるものがあります。
それはすぐにあふれ出してきて、この愛しさと充実した幸福感を誰かとシェアしたいと思います。
ハグをして、直接誰かのハートに伝えたいと思います。
言霊の力で愛を語りたいと思います。

普通ならこっぱずかしくでなかなか語れない「愛」と言う言葉。
いつからか躊躇なしに語れるようになっていた自分がいました。
それはきっと、とてもとても愛しい人が傍にいてくれるという充実感の所為だと思います。
そういう人がただ傍にいるということだけで「愛している」と伝えたくなるものなのです。
けれども3次元の常識に縛られている私たちはとても不器用で、言葉にすることを恐れたりします。
それは3次元的常識の範囲で、様々な波紋を投げかけるでしょうから。

本来「愛してる」という言葉は、どんなシュチュエーションで使われてもいいはず。
これが人としてあるべき根本の原理だからこそ。
私たちは愛なしにはこの世に存在し得ません。
愛と祝福があればこそ…それは自分から自分自身への愛と祝福でもあるのですから。

ヒーリングをするにしても、誰かの力になりたいという思いも「愛」故。
誰かを好きという気持ちも、一緒に様々な思いや体験をシェアしたいという気持ちもやはり「愛」故。
これらはすべて同じところに源があります。
人が人として存在するための源。
現在・過去・未来、私たちが生きていくためのエネルギー。
誰かを愛したい、誰かに愛されたい、自分を愛したい、愛すること・愛されることで存在を確認する。
愛ゆえに私たちはここに在るのです。
過去の転生も、現在の状況も、未来世のかかわりも全てを超えて、「愛する」エネルギーの素晴らしさはその他の何にも劣らない、寧ろどんなエネルギーよりも壮大で力強いものです。

隣人に愛を注ぐことが如何に自分を満たすかを知って欲しい。
満たされた自分が隣人に如何に愛を伝えることが出来るかを知って欲しい。
人々は常に愛という感覚を得て、オーバーフローしたその愛しさを隣人に伝えていく存在だと私は思います。


同時に…
これほどまでに愛を実感させてくれる存在に心から感謝したいと思います。
私の傍には心から愛すべき人が居る…その人は私に本当の意味で「大切なこと」を教えてくれました。
形ではない、条件ではない愛。
無条件の愛。
愛する人が幸せでいる姿をただ見ているだけで自分が満たされるという感覚。
愛する人が幸せで居ることが自分自身の幸せと思えるこの充実感。
本当に心から幸せです。


これから先、3次元的な形はどんどん重視されなくなっていくでしょう。
「愛している」という思いはどんなシュチュエーションでもシェアできるようになる。
夫婦だとか他人だとか、親子だとか、知人だとか、そんな条件など必要なくなり、ただ自分が愛しいと思う人に「愛している」と伝えたくなる日がやってくるのだなと思います。
様々な縛りを解いて「愛すること」の実感を得て初めて、人は真の意味で幸せになっていくのだと思います。
そして一人一人が満たされ調和され、それはやがて人類全体に波及していくでしょう。
それを望みます。
そして意図します。
私たちの未来はそう難しくない。
どうぞ、身近で愛を実感してください。
あなたの感じる愛、あなたの充実感が世界を変容させていくのです!
| - | 00:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
愛について考えてみたくなる…
世界が激変しようとしています。
地震や自然災害。そして食糧難。物価の高騰、経済の不安…
一つ一つは直接自分に関係なかったり、些細なことと感じているかもしれませんが、これらがゆくゆく大きくなって私たちの生活に影響を及ぼすことを少しは考えてみた方がよいかもしれません。

ネガティブを連想し招きよせる必要はまったくありませんが、実際に起こり始めているこれらの現象や事実が、私たちに何を伝えようとしているかということだけは考えてみても良いのではないかと思えるのです。



不謹慎と受け取られるかもしれませんが、私自身は「ボランティア」という考え方がとても受け入れられません。大学は社会福祉学科で学びました。当然関連の職業につきたいと思っていました。けれども卒業時にはその道を選びませんでした。
「犠牲の精神」や「ガマンして分け合うこと」というような「自分を殺して誰かを生かす」的考え方が受け入れられなかったからです。そして「かわいそう」という気持ちで問題に向かうことがとても傲慢に思えたからです。(もちろん私の場合はこうだった言うだけで、世の中の人たち全てがそうだとは思いません…)

ガマンしたり、自分を偽ったりして得るものなど何一つありません。
私たちは本来魂の存在であり、自分の望む経験をするためにこの世界に生まれてきました。
自分が満たされなくて、どうして他人が満たされるでしょうか。
モトイ…「満たされる」ということがどんなに幸せかを知らないで、他人を満たし幸せにしてあげることができるわけがないのです。
世の中には自分を好きになれない人が多い。
自分を嫌いなのに人を好きになれますか?
愛されているという感覚を知らないで相手を愛することができるでしょうか?

自分が満たされ、その幸せを一緒に味わいたいからこそ他人にも手渡していく…それが真の意味でのボランティアだと思うのですが、この世界では必ずしもそうではなく、自分が満たされていない分、他人を満たそうとすることで、自身を満足させようとしている人が多いように思います。

まずは自分が幸せになることが必要。
愛され満たされることが必要です。
他人にそれを求めるのでなく、自分自身で自分を愛し大切に思い、認めていくことこそ第一歩です。人はずるかったり、意地悪だったり、弱気だったりすることだってあります。どんな自分でもいいじゃないですか。そんなダメなところも、他人は「ダメ」と言うかもしれません。「それでもそれが自分だからいいよ」と言ってあげられるのは自分自身だけです。まずは自分を認めて好きになること。悪いと思うことはそれから改善したって良いじゃないですか!自分で自分を愛することは、誰かに愛される自分になるための大きなファクターです。


自分が満たされ、幸せだと感じるとき、その幸せを誰かにも共有してほしいと思う…それが「愛」の基本的な形です。相手が男性であれ女性であれ、家族であれ他人であれ、誰であれ、大切に思い、幸せでいてほしいと願う心、それが愛の根本原理です。
そして宇宙の仕組み…「私たちは生かされている」ということを知っている、「愛ゆえに生かされている」ということを知ることはとても大切なことです。

例えば今回の中国への災害支援、ミャンマーへの支援は、もちろん政治的な思惑も絡むでしょう。国家としての戦略も。けれども派遣されていく人材一人一人は、愛故に心を動かし援助に向かわれました。
そんなところから日本の国にも問題はたくさんありますが、私たちがどれほど幸せで満たされた存在であるかを再認識しなければと思います。だからこそ、他国の危機に幸せを共有したいと思えたのです。

私たち日本人も過去の災害を通して愛に気付きを得ているのに、つい日常のことになると不満が多くなってしまいます。
けれども果たして自分で満たされようとしているでしょうか。
あなたを満たしてくれるのはお金や地位や名誉、モノだけですか?
食べることや、洋服を買うこと、友達にスキと言ってもらうこと、それだけですか?
自分で自分を好きになること、大事に思うことこそ、一番自分を満たしてくれるということをぜひ知ってください。
その幸せを手渡していくことがつまり愛すると言うこと。
なんの見返りも必要ないじゃないですか。
ただ愛を手渡した「誰か」も幸せになってくれれば、それだけで自分自身は2倍満たされるのですもの!
好きな人には「好き」と言うだけで良い。
自分自身を愛することができる人が発する「好き」という言葉には真実の力が宿ります。
それを聞くだけで人は幸せを感じることができる…言霊の力です。

たとえば物価の高騰、経済の不安定化という要因だけ取り上げても、けして外側から自分を幸せにする術が見つからない世の中です。
「お金があることを幸せ!」と感じる人に、どれくらいの確立で宝くじが当たると思いますか?
万に一つの確立を待つ賭けのような人生を送りますか?
「もしかしたら満たされるかもしれない」と期待しながら満たされない人生を生きるのですか?


これから世界の価値観は大きく変わっていくことでしょう。
本当の意味で愛を知る人だけが幸せに暮らしていける世界に変わっていくでしょう。
自分を嫌いで不幸だと感じる人の心はますます荒み、自分以外のものに幸せを求めるでしょう。
最近の世界での様々な出来事…戦争や災害、食糧危機など、大きく今までの価値感を問い直すような出来事に私たちは試されています。

時には愛について考えてみてください。
見返りの必要ない無償の愛について。
それは他人を満たすための愛ではなく、結局は自分自身を満たすもの。
自分自身が満たされれば、他人にその幸せを手渡したくなる。
そして愛は他人に手渡され、どんどん波及していくのです。
そろそろ世界中がそういう波動になるときが来ています。
ひとりひとりがこの仕組みに気づいてくだされば本当に素敵だと思います。
| - | 00:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
誰かの犠牲の上に大切なことを「知る」という手段を手放すとき
中国の地震はとても大変な出来事でした。
私自身神戸の出身で、あの阪神大震災では実家にいた家族も親類も被災し、友人を亡くしました。
今回の四川省での地震もとても人事とは思えませんでした。
行方不明の大事な家族や友人を心配する気持ちも、亡くなってしまった命を悼む気持ちも、まるで自分のことのように胸に迫ります。

胸を痛めながらも、地震の続報を目にするにつけ、胸が熱くなることもあります。
義援金や人的援助をいち早く決めた日本。
人々の心の底には、やはり阪神大震災で生まれたひとつの「思い」があるのでしょう。


あくまで私的な思いなのですが…
阪神大震災では、私たち日本人は人と人との繋がりの強さを再確認したと思います。
瓦礫の下から、家族隣人分け隔てなくとにかく人の命を助けたいという切なる思いを抱いたこと。
被災地から遠く離れた場所に住んでいる人たちが、自分のことのように胸を痛め、ボランティアで被災地の救援に来てくださったこと。
日本各地から海外から、救援の物資や人材が届いたこと。
どれをとっても、薄れかけていた人と人との絆を、もう一度強く結びなおすような出来事であったと思います。
人間の感情の部分でいえば、なかなか割り切れない大勢の大切な人の死。
けれど、薄れかけている大事なことを知らしめるために、犠牲になってくださった人々の気高い魂にあらためて感謝したいと思います。

今回の中国での地震も同じなのではないかと思うのです。
日本人の目に映る中国は、最近評価が分かれていたことと思います。
だからと言って中国の人々のどこがどうというわけではなく。
そういう国の体制だとか、必要なことを選べない制度だとかが問題なのであって、「中国」という国そのものに対しての悪い印象が広がったのではないかと思います。
けれども、日本の人々は「何が大切か」をきちんと学んでいました。
日ごろの様々な行き違いや摩擦などものともしない「人と人との絆」がどれだけ大切であるのか。

そんな日本の人々の切ないほどの思いが、中国の人々に伝わっていくことを願います。
事実もともと反日感情の強い中国の人々の日本に対する感情が溶け始めているというニュースが届いています。
日本の救援隊に対して、また、義援金を寄付すると表明した日本企業に対しての評価が変わりつつある、と。

地震を通して被害にあわれた人々の魂は、その身をもって、「隣人」の大切さを教えてくれているのではないでしょうか。
再び、それを知らしめるために犠牲になられた尊い命に感謝しなければならないと思います。

そして私たちは反省しなければなりません。
いつもいつも、大きな災害が起こり、誰かが犠牲になることで、こういう大切なことを知るのです。
地震にしても、事故にしてもそうです。
誰かの犠牲の上に大切なことを「知る」という手段を手放すときが来ているように思います。
人々が手放したとき、きっと地球上から嵐は去るでしょう。
手放さなければ何度でも、禊の嵐はやってくるのだと思います。

世界中の人がこの大災害を期に変化していくことを願って止みません。
そしてこれが最後の「犠牲の上に成り立つ教訓」になることを。


被害にあわれた方々にはどうぞ力を落とさず、魂を汚すことなく、立ち上がってくださることを祈ります。
犠牲になってくださった人々の尊く気高い魂に感謝と哀悼の意を表します。

余震やダムの決壊など二次災害の懸念も出ていますが、どうかこれ以上の犠牲を払うことなく、人々の心が変化していくよう心から祈って止みません。
| - | 00:23 | comments(2) | - |